2020年 06月 06日
「からすのパンやさん」 |
写真の店主である芝原さんによると、開設当初は今と少し離れたところにあり、名前も単に「共働学舎製パン所」だったそうだ。しかし移転し現在地で営業を開始するにあたり、より人々に親しまれる名前を模索。そんな時、学舎にボランティアに来ていた学生から絵本「からすのパンやさん」のことを聞き、早速、加古さんに手紙を書いて名前使用の許可を求めたという。その際に同封したのが、学舎創立者である宮嶋眞一郎氏が記した、”共働学舎の構想”という小冊子だ(https://kyodogakusya.or.jp/concept1/)。これは学舎創立の理念をまとめたもの。こうした芝原さんの熱意、そして上記”構想”に記されていた学舎の理念が、若かりし頃にセツルメント運動に参加し、貧しい子供たちへの教育に取り組んだ加古さんの心に響いたのであろう。やがて芝原さんの元に「出版社とも相談した結果、本の名前を使っても大丈夫ということになりました」と、加古さん直筆の返信が届いた。以来45年に渡り「からすのパンやさん」という名前でパン屋を営んでいる。多分ここが、現在、この名前で正式にパン屋を営んでいる国内唯一の店ではなかろうか。
ところで、この「からすのパンやさん」。いたって素朴かつ質素なパン屋である。あまりの素朴さに初めて来た人は驚くことだろう。店はいつもオープン、扉に鍵はかかっていない。棚には早朝作られたパンが無造作にならび、販売員もいない。だから料金は、農家の庭先販売同様、値札の金額を自分で計算して机上にそのまま置いておけばよい。しかし、だからと言ってここのパンを侮ってはいけない。パンの味、中でも食パンの味は絶品なのだ。買った食パンを車に積んで帰ってくると、香ばしく優しいパンの香りが車内に満ちてくる。スーパーで買った食パンではこうはいかない。だからこそ、山間部の辺鄙な場所にもかかわらず、近隣のペンションオーナー等がわざわざ買いに来るのだ。
最後に、加古さんは今から26年前(1994年11月19日)、忙しい時間の合間を縫って実際にこのパン屋を訪れ、学舎においてボランティア講演までしてくれた。あの「からすのパンやさん」の絵本に込められた加古さんの思いと、この現実の「からすのパンやさん」の根底に流れる思いに何か通底するものがあるからこそ、こうした邂逅が生まれたのだろう。興味ある方は、ぜひ絵本「からすのパンやさん」を読んでから、共働学舎の「からすのパンやさん」を訪れてほしい。きっと、古めかしいパン屋のパンで、今までに経験したことのない新たな味を、心で味わうことになるはずだ。
by itokoshi
| 2020-06-06 19:04